夜空に響き渡る、地の底から湧き上がるような轟音。
一瞬の静寂ののち、視界を覆いつくす巨大な光の華――。
花火の中でも、その王様として君臨するのが「尺玉(しゃくだま)」です。それは単なる大きさの象徴ではありません。一流の花火師の技術と魂、そして地域のプライドが注ぎ込まれた、一瞬の芸術作品です。
本記事では、数ある花火大会の中でも、特に巨大な尺玉が夜空を舞うことで知られる三つの舞台を取り上げます。なぜ人々は巨大な花火に惹きつけられるのか、その一発に込められた物語を紐解いていきましょう。
「尺玉」とは何か? 花火の王様の世界
「尺玉」とは、読んで字のごとく、直径が一尺(約30cm)ある花火玉のことで、「10号玉」とも呼ばれます。上空約330mまで打ち上がり、直径約300mもの大輪の花を咲かせます。一般的な花火大会で「大きい!」と感じる花火の多くは、この尺玉です。
しかし、世の中にはこの常識を遥かに超える規格外の尺玉が存在します。直径約90cmの「三尺玉」、そして現在、法律で認められている最大サイズ、直径約120cmの「四尺玉」です。
これらの巨大な花火を打ち上げるには、高度な技術と広大な保安距離が必要なため、見られる場所はごく僅か。だからこそ、その一発は、観る者にとって忘れられない体験となるのです。
一瞬に賭ける魂の競演
① 片貝まつり(新潟県小千谷市):世界一の“四尺玉”に込める人々の祈り
- 特徴と物語:新潟県小千谷市片貝町で毎年9月に行われる、浅原神社の秋の例大祭。この祭りの主役は、ギネスブックにも認定された世界最大の四尺玉の打ち上げです。しかし、この花火の真髄は大きさだけではありません。それは「奉納煙火」であること。町の人々が、子どもの誕生、結婚、還暦といった祝い事や、亡くなった家族への追悼の想いを込めて、私費で花火を神社に奉納するのです。一発一発打ち上がる前に、その想いを綴ったアナウンスが読み上げられ、観客は他人の人生の物語に想いを馳せながら、夜空を見上げます。
- 見どころ:夜空を完全に覆い尽くす、直径約800mの四尺玉の圧倒的なスケールはもちろんのこと、町全体が一体となる祭りそのものの雰囲気。人々の「祈り」や「感謝」が光となった、世界で最もエモーショナルな花火です。
スペック項目 | 内容 |
開催時期 | 毎年9月9日・10日 |
主な特徴 | 奉納煙火、世界最大の四尺玉の打ち上げ |
キーワード | 四尺玉、祈り、奉納、地域密着 |
シグネチャー | 四尺玉 |
〒947-0101 新潟県小千谷市片貝町
② 熊野大花火大会(三重県熊野市):世界遺産を舞台にした“海上自爆”の絶景
- 特徴と物語:300年以上の歴史を誇る、三重県熊野市の伝統的なお盆の行事。最大の特徴は、世界遺産「鬼ヶ城」を舞台に、海上で繰り広げられるダイナミックなプログラムです。中でも圧巻なのが「三尺玉海上自爆」。全速力で走る2隻の船から、火をつけた三尺玉を海へ投げ込み、水面で半円状の巨大な花を咲かせます。その爆音は鬼ヶ城の岩壁に反響し、他に類を見ない大迫力を生み出します。
- 見どころ:海という広大な舞台を活かしきった、独創的なプログラムの数々。海上で花開く半円の花火と、それが岩壁にこだまする轟音は、まさに自然と一体となったスペクタクル。お盆の「追善供養」という、鎮魂の祈りが込められた歴史ある花火です。
スペック項目 | 内容 |
開催時期 | 毎年8月17日 |
主な特徴 | 海上での打ち上げ、三尺玉海上自爆 |
キーワード | 伝統、海上自爆、世界遺産、音響効果 |
シグネチャー | 三尺玉海上自爆 |
〒519-5203 三重県南牟婁郡御浜町下市木
③ こうのす花火大会(埼玉県鴻巣市):ギネス記録が証明する“技術”の結晶
- 特徴と物語:ボランティアで組織された市民団体が主催する、比較的新しいながらも、今や日本を代表する花火大会の一つ。この大会の代名詞は、ラストを飾る圧巻のスターマイン「鳳凰乱舞(おおとりらんぶ)」です。そして、2014年には、世界で最も重い花火として四尺玉がギネス世界記録に認定されました。
- 見どころ:日本一の川幅を誇る荒川の河川敷で打ち上げられるため、視界を遮るものがありません。尺玉300連発を含む、息もつかせぬプログラムの構成力。そして、世界記録を持つ四尺玉が、技術と情熱で「世界一」に挑戦する市民の想いを乗せて打ち上がります。
スペック項目 | 内容 |
開催時期 | 毎年10月 |
主な特徴 | 市民ボランティア主催、ギネス世界記録認定の四尺玉 |
キーワード | 四尺玉、挑戦、ギネス記録、スターマイン |
シグネチャー | 鳳凰乱舞、四尺玉「鳳」 |
〒355-0102 埼玉県比企郡吉見町
比較と考察
三つの舞台は、いずれも巨大な尺玉をシンボルとしながら、その背景にある哲学は大きく異なります。
- 共通点:いずれも、単なる花火の打ち上げに留まらず、その地域のコミュニティと深く結びついている点。そして、巨大な尺玉を打ち上げるという、極めて高度な技術と情熱を持った花火師たちの存在が不可欠である点です。
- 相違点(尺玉に込める“想い”の違い):
- 片貝まつりは、個人の人生の物語を奉納する「祈りの尺玉」
- 熊野大花火は、300年の歴史と鎮魂の想いを継承する「伝統の尺玉」
- こうのす花火は、世界一を目指す市民の情熱が結晶した「挑戦の尺玉」
【Mitorie編集部の視点】
花火の「大きさ」とは、一体何を意味するのでしょうか。それは、単なる物理的なスケールや、夜空を覆う光の面積だけを指すのではないのかもしれません。
家族への感謝、故人への祈り、地域への愛、そして世界一への挑戦。巨大な尺玉は、人々の様々な「想い」の大きさを、誰もが共有できる“光の形”に変換する装置なのです。だからこそ、私たちはその一瞬の輝きに、自分の人生を重ね合わせ、心を揺さぶられるのでしょう。
まとめ
日本が誇る三大尺玉の舞台。それぞれが、他では決して味わうことのできない、唯一無二の感動を提供してくれます。
花火大会 | 開催地 | 尺玉が象徴するもの | こんな人におすすめ |
片貝まつり | 新潟県小千谷市 | 祈り | 人々の人生の物語に触れ、感動したい人 |
熊野大花火大会 | 三重県熊野市 | 伝統 | 300年の歴史と、自然が織りなす絶景に圧倒されたい人 |
こうのす花火大会 | 埼玉県鴻巣市 | 挑戦 | 世界一を目指す情熱と、最新技術のスケールを体感したい人 |