そそり立つ石垣、天を突く天守、計算され尽くした縄張り。
あなたは「城」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。それは単なる古い「建物」でしょうか。
それとも、かつてその地を支配した「権力」の象徴でしょうか。
日本には数多くの城がありますが、その中でも「三大名城」として別格の存在感を放つのが、姫路城、熊本城、そして松本城(※諸説あり、名古屋城なども挙げられます)です。
興味深いのは、この三城がそれぞれ「美しい城」「強い城」「珍しい城」と、全く異なる理由で「名城」と呼ばれている点です。
本稿では、この「日本三大名城」が持つそれぞれの「個性」を深掘りしながら、なぜ日本人はこれほどまでに「城」という存在に惹きつけられ、そこに「権力」と「美」、そして「ロマン」を見出すのか、その理由を探っていきたいと思います。
三つの個性が語る、「城」という名の物語
① 姫路城(兵庫県) ― “完璧な美”による「権威」の象徴
「白鷺城(しらさぎじょう)」の異名を持つ、日本初の世界文化遺産。三大名城を語る上で、姫路城は絶対的な存在です。
戦うためではない、見せつけるための「美」
姫路城が「名城」たるゆえんは、その圧倒的な「美しさ」にあります。
白漆喰で塗り固められた連立式の天守群は、まるで空に羽を広げる白鷺のような優美さを誇ります。
この城が築かれたのは、戦国時代が終わり、世の中が安定に向かう江戸時代初期(慶長年間)でした。
つまり、姫路城は「戦う」ため以上に、「見せつける」ために造られた城なのです。
築城主である池田輝政は、徳川家康の娘婿として、西国の有力大名を監視する役目を負っていました。
彼らに「徳川幕府の力とは、これほどまでに強大で美しいのだ」と知らしめる、視覚的な「権威」の象徴。
それこそが姫路城の本質です。
- 物語の概要:「白鷺城」の異名を持つ、日本初の世界遺産。戦国が終わりゆく時代に築かれ、その圧倒的な「美しさ」は、徳川幕府の「権威」を西国に示すための政治的な象徴でもあった。
- 象徴する価値観:「美による権威」「完璧な調和」「平時の城」。
| スペック項目 | 内容 |
| 通称 | 白鷺城(しらさぎじょう) |
| 築城主(近世) | 池田輝政(徳川家康の娘婿) |
| 城郭の区分 | 平山城 |
| 天守の構造 | 連立式天守(5重6階地下1階) |
| キーワード | 世界文化遺産、白漆喰、不戦の城、徳川の威光 |
姫路城(兵庫県姫路市)
〒670-0012 兵庫県姫路市本町68
② 熊本城(熊本県) ― “鉄壁の防衛”による「実戦」の象徴
もし姫路城が「美」の象徴なら、熊本城は「強さ」の象徴です。
築城の名手・加藤清正によって築かれたこの城は、戦国の緊張感が未だ残る時代に、「いかにして守るか」を徹底的に追求して造られました。
「武者返し」に宿る、戦国のリアリズム
熊本城の代名詞は、「武者返し(むしゃがえし)」と呼ばれる、上に行くほど反り返る独特の石垣です。
これは、敵兵(武者)がよじ登ることを不可能にするための、実戦的な工夫の極致でした。
さらに、城内には120もの井戸を掘り、畳には籠城(ろうじょう)戦に備えてサトイモの茎(芋がら)を編み込むなど、その設計思想は「戦(いくさ)」そのもの。
姫路城が平時の「権威」の城だとすれば、熊本城は乱世の「実戦」の城です。
2016年の熊本地震で甚大な被害を受けながらも、その石垣の多くが(上部は崩れても)根本は耐え抜いた姿は、清正の築城技術の凄まじさを現代に証明しました。
- 物語の概要:築城の名手・加藤清正による「実戦」の城。「武者返し」と呼ばれる独特の石垣や、籠城に備えた無数の井戸など、徹底した防衛思想(リアリズム)に基づいて設計された「日本一堅牢な城」と称される。
- 象徴する価値観:「実戦」「堅牢」「防衛」「リアリズム」。
| スペック項目 | 内容 |
| 通称 | 銀杏城(ぎんなんじょう) |
| 築城主 | 加藤清正 |
| 城郭の区分 | 平山城 |
| 天守の構造 | 連結式望楼型(5重6階地下1階 ※外観3重) |
| キーワード | 武者返し、加藤清正、実戦的、西南戦争、熊本地震 |
熊本城(熊本県熊本市)
〒860-0002 熊本県熊本市中央区本丸1−1
③ 松本城(長野県) ― “現存する黒”による「時代」の象徴
姫路城が「白」、熊本城が「黒」。そして、この松本城もまた、漆黒の天守を持つ「黒」の城です。
なぜ「黒い」のか? そして唯一の「平城」
松本城の最大の特徴は、姫路城や熊本城(平山城)と異なり、平地に築かれた「平城」であること。
そして、五重六階の天守としては「日本現存最古」とされる歴史的価値です。
その「黒い」外観は、戦国時代の名残です。
黒漆は「強さ」を示すと同時に、耐久性が高かったため、戦国の城(豊臣秀吉の大阪城など)に多く用いられました。
松本城は、豊臣から徳川へと時代が移り変わる、まさにその「過渡期」に建てられました。
姫路城が徳川の「平時」の白であるのに対し、松本城は豊臣の「乱世」の黒。
その漆黒の姿は、戦国の緊張感を今に伝える、生きた「歴史の証人」なのです。
- 物語の概要:日本に現存する五重六階の天守としては最古。平地に築かれた「平城」であり、その漆黒の姿は、豊臣秀吉の時代(戦国)の気風を今に伝えている。時代の「過渡期」に建てられた、歴史の証人。
- 象徴する価値観:「歴史の継承」「戦国の気風」「現存最古」。
| スペック項目 | 内容 |
| 通称 | 烏城(からすじょう) |
| 築城主(近世) | 石川数正・康長(豊臣系大名) |
| 城郭の区分 | 平城 |
| 天守の構造 | 連結複合式天守(5重6階) |
| キーワード | 現存最古(五重)、国宝、平城、黒漆、戦国の名残 |
松本城(長野県松本市)
〒390-0873 長野県松本市丸の内4−1
比較と考察 ― なぜ城は「権力」と「美」の象徴となったのか
この三つの名城は、「権力」と「美」の関係性について、私たちに異なる答えを示してくれます。
- 姫路城は、「美しさ」そのものが「権力」であると示しました。(平時の美)
- 熊本城は、「強さ(実戦性)」こそが「権力」であると示しました。(乱世の機能美)
- 松本城は、「時代」を耐え抜いたこと自体が「美」であると示しました。(歴史の継承美)
【Mitorie編集部の視点】
「城」とは、単なる軍事施設(防衛)であると同時に、統治者(大名)の威光を示す「政治的モニュメント(象徴)」でした。
特に、天守閣という高層建築は、戦国時代に信長によって「見せる権力」として発明された、日本独自のものです。
私たちが城に「ロマン」を感じるのは、そこに、その土地の支配者の「美意識」と「政治哲学」が、石垣や天守という「形」として結晶化しているからではないでしょうか。
城を見上げることは、その城を築いた武将と、時代を超えて「対話」を試みる、極めて知的な探訪なのです。
まとめ ― 城とは、時代が残した「哲学の結晶」である
姫路城、熊本城、松本城。
この三つの城が私たちに語りかけるのは、それぞれの時代を生きた武将たちの、異なる「哲学」です。
| 城 | 象徴する「権力」と「美」 |
| 姫路城 | 「平時の美」(美による権威) |
| 熊本城 | 「乱世の機能美」(強さによる権力) |
| 松本城 | 「歴史の継承美」(時代を耐えた存在感) |
城とは、単なる石と木の塊ではありません。それは、時代時代の日本人が「権力」と「美」をどう捉えていたかを雄弁に物語る、「哲学の結晶」です。
あなたが次に訪れる城で、その石垣と天守は、どんな「物語」を語りかけてくれるでしょうか?

