【三大洋食の誕生秘話】カレー・とんかつ・コロッケ、“国民食”が日本人に愛される理由

今日のランチ、あるいは昨日の夕食に何を食べたか、少し思い出してみてください。カレーライス、とんかつ定食、あるいは帰り道に買ったコロッケパン……。私たちの日常に、あまりにも当たり前のように存在するこれらのメニュー。

しかし、これらが元々“西洋の料理”だったことを、私たちは時々忘れてしまいます。これらは、いつ、どのように日本に伝わり、独自の進化を遂げ、100年以上にわたって私たちの胃袋を掴み続けているのでしょうか。

本記事では、日本の「三大洋食」とも言えるカレーとんかつコロッケが、いかにして日本の食卓の王座に上り詰めたのか、その誕生の物語を紐解いていきます。

目次

日本の「洋食」とは何か?

「洋食」とは、西洋料理を起源としながらも、日本の主食である米飯に合うように、また日本人の味覚や食文化に合わせて独自に発展を遂げた料理群を指す、日本独自の食ジャンルです。

その歴史は明治時代の文明開化まで遡ります。肉食が解禁され、富国強兵のスローガンの下、西洋の文化や栄養学が積極的に取り入れられました。特に、体格で劣る日本人の栄養状態を改善するため、海軍や陸軍の食事として西洋料理が注目されたことが、その後の普及の大きなきっかけとなりました。洋食の歴史は、まさに日本の近代化の歴史そのものなのです。

三大洋食の誕生と進化

① カレーライス:英国海軍からやってきた“国民食の王様”

起源と伝来

カレーのルーツはインドですが、日本に伝わったのは英国を経由したものでした。インドを植民地としていた英国で、スパイスをまとめて手軽に使える「カレー粉」が発明されます。

これが英国海軍の食事として採用され、当時同盟関係にあった大日本帝国海軍にそのレシピが伝わったのが、日本のカレーの直接の始まりです。

日本での進化

当初、海軍の食事だったカレーは、栄養バランスが良く、大量調理に向くことから全国の部隊に広まりました。その後、明治時代の終わりには街の洋食店でも提供され始めますが、当時はまだ高級品。日本人の主食である米に合うように「とろみ」が付けられ、独自の「ライスカレー」として進化していきます。

そして決定的だったのが、1950年代に登場した「固形カレールー」。これにより、カレーは家庭で誰もが手軽に作れる料理となり、爆発的に普及しました。

スペック項目内容
原型料理インド料理 → 英国風カレー
日本での発祥横須賀海軍での軍隊食(1870年代)/洋食店での提供(1877年頃)
普及の転換点固形カレールーの市販化(1950年代)

② とんかつ:カツレツが遂げた“究極の和風アレンジ”

起源と伝来

とんかつの原型は、フランス料理の「コートレット(côtelette)」。仔牛や豚の骨付き肉を薄く叩き、パン粉をつけてバターで焼いた(ソテーした)料理です。明治時代、これを日本風にアレンジしたのが「カツレツ」であり、日本の洋食店の人気メニューとなりました。

日本での進化

革命は1899年(明治32年)、銀座の「煉瓦亭」で起こります。デリケートな仔牛肉ではなく、当時安価で手に入りやすかったポーク(豚肉)を使用。ソテーではなく、天ぷらのように多量の油で「揚げる」調理法を考案しました。これにより、火の通りが均一になり、衣はサクサク、肉はジューシーな、全く新しい料理が誕生。

付け合わせに千切りキャベツを添え、箸で食べられるようにあらかじめ包丁で切っておく。この「とんかつ」のスタイルは、ここで完成されたのです。

スペック項目内容
原型料理フランス料理「コートレット」
日本での発祥東京・銀座「煉瓦亭」(1899年)
普及の転換点ご飯、味噌汁とセットの「とんかつ定食」スタイルの確立

③ コロッケ:フランス家庭料理から生まれた“お惣菜の女王”

起源と伝来

コロッケのルーツは、フランス料理の「クロケット(croquette)」。中身はひき肉や魚介などを混ぜたベシャメルソース(ホワイトソース)で、それをパン粉で包んで揚げた、クリームコロッケに近い料理でした。

日本での進化

明治時代に日本に伝わりますが、手間のかかるベシャメルソースは当時の一般家庭には馴染みませんでした。そこで生まれたのが、日本独自の偉大な発明です。高価なベシャメルソースの代わりに、安価で大量に手に入った「ジャガイモ」を潰してベースにしたのです。

これが、おなじみの「ポテトコロッケ」の誕生でした。

大正時代に関東大震災が起こると、安くて栄養のあるコロッケは被災者の胃袋を満たし、その後、街の肉屋がラードの有効活用として惣菜として売り出したことで、家庭の味として不動の地位を築きました。

スペック項目内容
原型料理フランス料理「クロケット」
日本での発祥時期・店ともに諸説あり(大正時代に普及)
普及の転換点ジャガイモによる代用、「お惣菜」としての販売

比較と考察

カレー、とんかつ、コロッケ。これら三つの国民食が日本に定着した背景には、いくつかの共通点と、興味深い相違点が見られます。

共通点

いずれも西洋の料理を原型としながら、日本の主食である「米」に合うようにローカライズされている点。そして、明治・大正という日本の近代化の過程で生まれ、人々の暮らしに寄り添う形で普及した点です。

相違点(普及の担い手の違い):

カレーは、「軍隊」という組織を通じて、栄養食として計画的に広まった側面が強い。
とんかつは、「レストラン」という外食の場で、プロの料理人によって洗練され、完成された。
コロッケは、「肉屋の惣菜」という中食(なかしょく)の場で、家庭の味として庶民に浸透した。

【Mitorie編集部の視点】

三大洋食の歴史は、日本の「卓越した編集能力」の物語でもあります。海外の文化をそのまま受け入れるのではなく、自国の食文化(米、箸、醤油やソースといった調味料)と巧みに融合させ、原型を超えた全く新しい価値を持つ「和食」の一ジャンルとして昇華させました。この巧みなローカライズ力こそが、一過性のブームで終わらせず、100年以上にわたって日本人に愛される国民食たらしめた最大の要因ではないでしょうか。

まとめ

海を渡ってきた西洋の料理は、日本の近代化という激動の時代の中で、それぞれの場所で、人々の知恵と工夫によって、私たちの知る「洋食」へと姿を変えていきました。次に洋食を口にするとき、その一皿の向こうにある壮大な歴史の物語に、少しだけ思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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