【早慶上理】という“ひとまとめにする言葉” ─ なぜ「上智」に「東京理科大」が並び称されるようになったのか? 時代が求めるエリート像の変遷

大学を”ひとまとめにする言葉”というのは、不思議なものです。

それは単なる受験難易度の指標(モノサシ)であると同時に、私たちが生きる「時代」が、どのような“知”に価値を見出しているかを映し出す“鏡”のようでもあります。

「わが子の受験」あるいは「自らの受験体験」を通して、日本の私立大学の頂点を思い浮かべるとき、多くの人が「早慶上智(そうけいじょうち)」という言葉を口にしてきたのではないでしょうか。

早稲田、慶應、そして上智。それは、伝統と国際性(グローバル)を象徴する、揺ぎない“トップ3”の響きでした。

しかし今、その“常識”が静かに変わりつつあることをご存じでしょうか。
近年、受験界隈やビジネスシーンで急速に浸透しているのが

「早慶上理(そうけいじょうり)」

という新しい括りです。

「智」が「理」へ

このたった一文字の変化は、単なる大学の序列変動を意味するのではありません。
それは、私たち日本社会が、未来を担うエリートたちに求める「能力(スキルセット)」そのものが、根本から変わったことの証左なのかもしれません。

本稿では、この「早慶上理」という新しい“括り名”を切り口に、日本の私学がどのように進化し、そして現代がどのような「知」を求めているのか、その深層を読み解いていきます。

時代(価値観)象徴するスキル主流の括り名
1990年 – 2000グローバル化・語学力早慶上智
2010年 – 現在STEM・データ・技術早慶上理
目次

揺るぎなき私学の双璧:「早慶」という絶対的ブランド

まず、この括りの「土台」となっている「早慶」について、その圧倒的な存在感を再確認しておきましょう。
両校は単なる難関大学ではなく、日本の近代化そのものを牽引してきた「思想」の象徴です。
そのブランドは、一朝一夕に築かれたものではなく、100年以上にわたる歴史と、社会に送り出してきた無数の人材によって形成されています。

① 早稲田大学 ― “在野の精神”が育む多様性の「知」

  • 物語の概要:「都の西北」に集う、自由と多様性の学府。創立者・大隈重信が掲げた「学問の独立」の理念のもと、権力に媚びない「在野の精神」を貫いてきました。政治、経済、法曹界はもちろんのこと、ジャーナリズム、文学、演劇、スポーツといった分野にまで、強烈な個性を持つ人材を輩出し続けています。タモリ氏や堺雅人氏(中退)のような唯一無二の表現者から、村上春樹氏のような世界的作家まで、その卒業生の顔ぶれは「カオス(混沌)」とも言えるほど多彩です。この予測不可能性と多様性こそが、早稲田の最大の魅力であり、強さの源泉なのです。
  • 大学の哲学:学問の独立。権力と距離を置き、「在野」から社会を変革する多様な個性を育むこと。
スペック項目内容
創立者大隈重信
創立年1882年(東京専門学校として)
象徴する精神学問の独立、在野の精神、反骨の風土
強みとする分野政治、経済、法学、文学、ジャーナリズム、スポーツ
輩出する人材像政治家、ジャーナリスト、起業家、文化人、表現者
早稲田大学MAP

早稲田大学(早稲田キャンパス)

〒169-8050 東京都新宿区戸塚町1丁目104

② 慶應義塾大学 ― “実学の精神”が導く日本の近代化

  • 物語の概要:「ペンは剣よりも強し」。福沢諭吉が創立した日本最古の私立総合学塾であり、一貫して「実学の精神」を重んじてきました。ここで言う「実学」とは、単なる即戦力という意味ではなく、「科学(サイエンス)に基づき、自ら考え、現実社会で活用する」という近代的な知性を指します。経済界、医学界、法曹界に数多のリーダーを輩出し、卒業生の結束の象徴である「三田会」は、日本社会において最強の学閥ネットワークの一つとされています。ビジネスの世界では「慶應閥」が重要な意思決定の場に存在することも多く、その組織力と社会への影響力は計り知れません。まさに日本のエリート層を形成する中核となっています。
  • 大学の哲学:独立自尊と実学の精神。自らの尊厳を守り、科学的な知性で社会を先導するリーダーを育成すること。
スペック項目内容
創立者福沢諭吉
創立年1858年(蘭学塾として)
象徴する精神実学の精神、独立自尊、社中協力
強みとする分野経済、商学、医学、法学、金融
輩出する人材像経済人(社長)、医師、弁護士、エリートビジネスマン
慶應義塾大学MAP

慶應義塾大学(三田キャンパス)

〒108-8345 東京都港区三田2丁目15−45

時代が求める「第3の価値」:グローバルか、STEMか

「早慶」が揺るぎないトップ2であることに、多くの異論はないでしょう。この両校は、東大・京大といった国立最難関と並び立つ存在として、長らく日本の頂点に君臨しています。

だからこそ、私たちが注目すべきは、その次に続く「第3の椅子」をめぐる評価の変化です。かつては「上智」一択だったその場所に、なぜ「東京理科大」が並び立つようになったのでしょうか。この2校が象徴する「価値」の違いにこそ、時代を読み解く鍵が隠されています。

(この「大学の価値観の変化」という視点は、例えば【東京女子御三家】の記事で触れた、各校が育む“リーダー像”の違いにも通じるものがあります)

③ 上智大学 ― “グローバル教育”の先駆者

  • 物語の概要:「早慶上智」の「上智」が象徴していたのは、他の大学を圧倒する「国際性」と「語学力」でした。カトリック・イエズス会を設立母体とし、その精神は「キリスト教ヒューマニズム」に基づいています。1980年代から2000年代にかけ、日本が経済大国として世界と渡り合う上で、「英語力」はエリートの必須スキルとなります。早くから徹底した少人数教育と外国語教育に注力し、特に看板学部である外国語学部は、通訳者、外交官、国際機関の職員など、国際社会で活躍する人材を数多く育ててきました。日本でいち早く「クォーター制」を導入するなど、常に日本のグローバル化を牽引してきた存在です。
  • 大学の哲学:叡智(ソフィア)と国際性。「For Others, With Others(他者のために、他者と共に)」の精神で、世界と日本を繋ぐグローバル市民を育てること。
スペック項目内容
設立母体カトリック・イエズス会
創立年1913年
象徴する精神キリスト教ヒューマニズム、国際性、叡智(ソフィア)
強みとする分野外国語学部(特に英語) 、国際教養学部、神学部
時代の価値観「グローバル化」「国際共通語(英語)」「多様性の受容」
上智大学MAP

上智大学(四谷キャンパス)

〒102-8554 東京都千代田区紀尾井町7−1

④ 東京理科大学 ― “実力主義”を貫くSTEMの雄

  • 物語の概要:一方、新たに「早慶上理」の一角を担うようになった東京理科大学。その最大の特徴は、1881年の「東京物理学講習所」創立以来の、厳格な「実力主義」です。偏差値では上智に並ぶかやや下と見られがちですが、その本質は別の場所にあります。理系単科大学としての高い専門性と研究力を持ち、何よりも「留年率の高さ」や「関門制度」に象徴される教育の厳格さは、「理科大出身者なら、基礎学力と忍耐力は間違いない」という産業界からの絶大な信頼を勝ち得ています。ノーベル賞受賞者を輩出する高い研究レベルと、社会のニーズに応えるデータサイエンス教育など、常に時代の最先端を走る「理学の普及」を追求し続けています。
  • 大学の哲学:実力主義。「理学の普及」を掲げ、厳格な教育を通じて、科学技術の力で社会の発展に貢献する専門家を育成すること。
スペック項目内容
前身東京物理学講習所(後の東京物理学校)
創立年1881年
象徴する精神実力主義、理学の普及、厳格な進級・卒業
強みとする分野理工系全般(理学部、工学部、薬学部、先進工学部など)
時代の価値観「STEM教育」「DX人材」「AI・データサイエンス」
東京理科大学MAP

東京理科大学(神楽坂キャンパス)

〒162-8601 東京都新宿区神楽坂1丁目3

比較と考察 ― 「智」と「理」、時代が求める“エリート像”の地殻変動

「早慶上智」と「早慶上理」。

この二つの括り名を並べると、私たちが生きてきた時代、そしてこれから訪れる時代の「価値観の変化」が、あまりにも鮮やかに浮かび上がってきます。

「早慶上智」が輝いた時代(1980年代~2000年代)は、日本が「モノづくり」から「国際貿易」「金融」へと経済の主戦場をシフトさせ、「いかにグローバル社会で戦うか」が至上命題でした。

ソニーが世界を席巻し、商社マンが世界を飛び回り、外資系金融機関がステータスとなった時代です。
そこで求められたのは、上智大学が象徴する「高度な英語力」や「国際教養」だったのです。

しかし、現代(2010年代~)はどうでしょうか。

GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)やBATH(Baidu, Alibaba, Tencent, Huawei)に代表されるように、世界の覇権は「テクノロジー(技術)」が完全に握っています。

AI、DX、データサイエンス……社会を動かす原動力が、文系的な教養から「理系的な“知”(STEM)」へと劇的に移行しました。

【補足】STEM(ステム)とは?

Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとった言葉。これら4分野をバラバラにではなく、組み合わせて学ぶ「統合的な教育」を指します。AI時代に不可欠な「問題解決能力」を養うことを目的としています。

「早慶上理」という括り名は、この地殻変動を正確に反映しています。「英語が話せる」ことの価値が(AI翻訳技術の進化もあり)相対的に下がる一方で、「コードが書ける」「データを分析できる」「新しい技術を生み出せる」という東京理科大学が象徴する「理系の“知”」の価値が爆発的に高まったのです。

さらに、受験界では「MARCH」の上位グループと上智・理科大を合わせた「SMART(スマート)」 (上智・明治・青学・立教・理科大)という括りも生まれています。これは、早慶が頭一つ抜けた存在であることを前提としながらも、伝統的な文系私大(MARCH)と、理系の雄(理科大)、グローバルの雄(上智)が、新しい「難関大学群」として再定義されつつあることを示しています。

よくある質問:早慶上理をめぐる疑問

Q. 結局、「上智」と「理科大」はどちらが難しく、就職に強いのですか?

A. 学部や学科によるため一概には言えませんが、伝統的に難易度(偏差値)では上智がややリードし、理科大が追う展開でした。しかし近年は、理系需要の高まりを受け理科大の評価・難易度が上昇し、ほぼ「並立」していると見るのが妥当です。就職については、それぞれ強みがあり、外資系企業や国際機関、マスコミなどは「上智」が、一方でメーカーの研究開発職、ITエンジニア、技術系専門職などは「理科大」が圧倒的な強さを誇ります。金融や総合商社は、両校ともに早慶に次ぐ存在感を持っています。

【Mitorie編集部の視点】

これは、どちらが「上」かという単純な序列の話ではありません。私たちが注目すべきは、社会が求める「専門性」の変化です。

上智大学が育む「キリスト教ヒューマニズム」や「高度な語学力」は、AIが台頭する時代だからこそ、機械には代替できない「人間の尊厳」を問う学問として、その重要性を増しているとも言えます。

同時に、「括り名」という世俗的な指標において、「理」が「智」と肩を並べるようになったという事実は、「もはや理系的な素養なしに、未来のエリートとは見なされない」という、社会からの強烈なメッセージでもあります。

かつて「文系だから数学は不要」と言えた時代は終わりを告げました。「智(人間性・教養)」と「理(科学技術)」は対立するものではなく、これからの時代を生き抜くための“両輪”なのです。

まとめ ― 大学の「括り名」は、私たちが未来に何を求めるかを映す鏡

「早慶上智」から「早慶上理」へ。この変化は、私たちが子どもの教育や、自らのキャリア(リスキリング)を考える上で、非常に大きな示唆を与えてくれます。

伝統と人脈の「早慶」という絶対的な強さを持つ土台。その上で、かつては「国際性(智)」が最重要視されましたが、今は「科学技術(理)」が、それと並び立つ新たなエンジンとして強く求められている。

大学の「括り名」とは、その時代が「何に価値を見出し、未来を託そうとしているか」を映し出す“鏡”そのものなのかもしれません。

括り名象徴する価値観時代背景
早慶上智伝統・人脈 + 国際性(智)グローバル化、国際貿易の時代
早慶上理伝統・人脈 + 科学技術(理)テクノロジー、DX、AIの時代

国際性(智)と科学技術(理)。

これからの複雑な時代を生き抜くために、私たちは、あるいは私たちの子どもは、その両方を翼として持つ必要があるのでしょう。

あなたは、この「早慶上理」という新しい響きに、どのような未来の“エリート像”を思い描きますか?

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